越し方を振り返って
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大熊 惠子
私は文教大学に改称される以前の旧立正女子大学の児童学科に就職し、定年までの45年間を相談室での運営に関わってきました。
はじめの10数年間は発達障碍児の治療教育とその母親の集団面接に携わっておりました。当時は地域に治療機関もなく、養護学校も義務化されておらず、発達障害の子どもに行き場はなかった時代です。就学前、あるいは低学年の自閉傾向や知的障碍の比較的重い発達障害の子ども20名~30名とその親を4~5グループに分け、子どもたちを実習生が、親を私が担当しておりました。子どもの一人一人についてどんな子どもなのか、何を嫌い何を好むのか、どう対応すれば通じることができるかを学生たちと毎回よく話し合い、試行錯誤しながら手探りで活動しておりました。その過程で、子どもたちはもちろん、親ごさんと学生から学んだことは大きかったと思います。
やがてその波もひき、不登校、引きこもり、家庭内暴力、摂食障害等の相談が少しずつ増えてきました。難しい相談内容も増えてきました。その流れの中で私は40歳になった時、改めて自分がいかに何もわかっていなかったかに気づき愕然としました。それからは沢山の事例検討の機会を求め乳幼児精神医学会、児童青年精神医学会、臨床心理学会等の諸学会に参加して学びました。
1976年(昭和51年)に家政学部児童学科は人間科学部人間科学科に改編され、さらに大学院創設にともない相談室は大学院付属臨床相談研究所になりました。当初は多数の先生方が相談室に関わっていらっしゃいましたが、諸先生はそれぞれに多忙になられ、予算編成、授業との連携、相談や臨床実習それに伴う事務作業等の運営は、部長の高柳信子先生のもとで私がお手伝いするようになりました。
大学院創設の前から相談部では学部の卒業生や臨床の現場の方々を対象にいくつかの専門研修講座を企画、開催しておりました。佐治守夫先生の事例検討会、その後を受けて精神分析の佐藤紀子先生の事例検討会は継続的に実施しておりました。さらにそれは大学院創設後も卒業後研修として継続され、TAT(安香宏先生),ロールシャッハテスト(空井健三先生、菊池道子先生、秋谷たつ子先生、佐藤忠治先生)の専門研修講座を次々と開催しました。いずれも10~12人の少人数の定員で、月1回で半年から通年の講座で、1講座あたり3年から5年ほど続けたと思います。講師は高柳先生の豊富な人脈の中からお願いしましたが、錚々たる講師陣といえましょう。私は事務局として専門研修講座に関わり多くを学ぶ機会に恵まれました。
大学院が創設されてからは非常勤のカウンセラーや事務職の方が加わり、運営も組織としての形を整えていきました。私は大学院創設のためにいらした岡堂哲雄先生の家族療法に触れることができました。それをきっかけに国谷誠朗先生の家族療法の研究会に参加し始め、その後大学の内地留学の機会を利用して一年間日本女子大の大学院の研究生として国谷先生にご指導いただきました。またその後筑波大学からいらした臺利夫先生は、院生や卒業生を対象に心理劇のグループを作ってトレーニングしていらっしゃいました。さらに臺先生にお願いして専門研修講座として「心理劇の実際」というワークショップを数回のコースで開きました。後には半年に1回、二泊三日の集中のワークショップを持ちました。その後も私は卒業生とともに自主グループで心理劇を学び続けることができました。臺先生は残念ながら昨年の3月に鬼籍に入られましたが、「グループの参加者を傷付けてはいけない」とよくおっしゃっていたことが思い出されます。
他の先生方についても、強く記憶に残っていることが多くあります。
佐藤先生は、クライエントの語る言葉の一つ一つを「この言葉からこういうことが考えられます」と丁寧に読み解いていかれましたが、まるでそれは料理の手順の一つ一つを教えていただくようでした。ケースの見立ての初歩からを繰り返し懇切丁寧に教えていただいたように思います。
佐治先生はいつも「うーん」と考え込んでからおもむろに「このクライエントはね、こう感じているんだよね」と話されました。私にはその「うーんとね」の間に先生は何をどう感じてクライエントの気持ちを受け止めて寄り添おうといらっしゃるのかが見えなくて、「うーんと」の後の発言はマジックのようでした。佐藤先生の後に、佐治先生の講座を受けたならば、私にはマジックにしか思えなかった箇所が少し理解できたのではないかと思っています。
佐藤先生の後は先生から紹介された西澤哲先生の「子どもの虐待について~トラウマを受けた子どもの治療~」の講座へと続きました。最初は基本の講義を全8回、その後定期的な月1回の事例研究を通年で数年間続けました。その後も自主研究会として続け、現在まで約30年間にわたって私は西澤先生の研究会に関わっております。虐待のトラウマに特化した新たなプレイセラピー、虐待を受けて大人になった人の治療について学んできました。この学びの場を今後も若い方々に引き継いでいてもらえたらと願っております。
心理臨床について何もわかっていなかった私が、長きにわたり臨床相談研究所での仕事を続ける中で、臨床実習の学生さんと来談者に多くを学び、また事務局として研究所主催の専門研修講座に参加し、錚々たる先生方に出会うことができたのも、文教大学という恵まれた環境で過ごすことがだきたからだと深く感謝しております。
とりわけ、実習担当としてそれぞれに個性的で感性豊かな学生さんたちに出会えたことは仕事の励みになりました。難しい子どもに出会う度にその子どもたちからは多くを学びパワーをもらうことができました。時に実習生の方から手厳しい批判を突き付けられたこともあります。それは今も忘れないで残っております。後に卒業生にあの時はと謝られたこともあります。また私自身も言われてもっともだったなと思うことも多々ありました。
今も研究会で若い方々に出会い、その感性と成長にかなわないなと思うこともしばしばあります。感受性が優れているわけでもない、どちらかと言うと鈍い私がとても臨床に向いているとは思えませんでしたが、どんくさくても沢山の研修を重ねて学ぶことによって少しは補われるものだとも感じております。
特定のテーマで専門研修講座に学ぶ機会も増えましたが、特定の講師の下で連続した講座で学習を積み上げていくことは、より一層大きな成長をもたらすと感じております。卒業生の皆さんが研修を重ねてよい仕事を続けられることを願っております。